源頼朝

源頼朝は、平安時代末期、鎌倉時代初期の武将である。

鎌倉幕府の初代征夷大将軍として知られる。

平安時代末期に河内源氏の源義朝の三男として生まれ、父・義朝が平治の乱で敗れると伊豆国へ流される。

伊豆で以仁王の令旨を受けると平氏打倒の兵を挙げ、関東を平定し鎌倉を本拠とする。

弟たちを代官として源義仲と平氏を滅ぼし、戦功のあった末弟・源義経を追放し、諸国に守護と地頭を配して力を強め、奥州合戦では奥州藤原氏を滅ぼす。

建久3年・1192年に征夷大将軍に任じられた。

これにより朝廷から半ば独立した政権が開かれた。

この政権は後に鎌倉幕府と呼ばれ、幕府などによる武家政権は王政復古の大号令まで足掛け約680年間に渡り、存続することとなる。

文中の月日は全て旧暦改元の有った年は改元後の元号を記す内容の典拠については年表久安3年・1147年4月8日、源義朝の三男として生まれる。

幼名は鬼武者。

母は熱田神宮大宮司藤原季範の娘の由良御前であり、出生地は京もしくは尾張と考えられている。
update:2010年03月07日